例えば「大宣教命令」と呼ばれる「あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。」(マタイ28:19)は、いつの時代も変わりなく伝道の励ましとして読まれてきたかと言うと、そうではなく、16世紀まで圧倒的に支配的だった解釈によれば、「これは使徒たちに向けて語られたもので、後の世代の人々に向けられたものではない」というものでした。
1792年にイギリスの靴職人であったウィリアム・ケアリによって、「主イエスのご命令は世界的で、またあらゆる時代に当てはまり、洗礼を授けよとのご命令も、世の終わりまでいつも共にいて下さるとの約束も、世界的で、いつの時代にも当てはまるもの」として理解され、伝道のマグナカルタと呼ばれるようになったのです。ケアリの炯眼によって聖書に埋もれた宝が発掘されたからこそ、19〜20世紀に世界各地に伝道支援団体、各派教会の伝道局の精力的な働きが生まれたのです。
ここ500年程の間に聖書解釈に於ける変遷は、他にも「利息を取って金を貸すことは許されるか」(カルヴァン以前は断固禁止されていると理解されていた)、千年王国論、聖餐論、またカリスマ的現象、女性教職制、同性愛、奴隷制等々の可否などが注目されています。
メイフラワー号で新世界アメリカに神の国を打ち立てようと船出する人々を前に、ジョンロビンソンは「主は聖書の中にこれからも輝き出る真理を多く蓄えておられることを私は深く確信している。」との説教をしました。またA.E.マクグラスは「プロテスタントである事は知的、霊的な巡礼に出ることであって、巡礼が完了することはない」と著書で述べています。
いかなる時代も聖書の深みを完全に精通する事が出来ないのであるならば、私たちも常に聖書を読み直し、この時代において語られる神の言葉を問い続け、聖霊を通して新しく与えられる洞察に謙虚に耳を傾けていきたいと思います。
参考:『プロテスタント思想文化史―16世紀から21世紀まで』A.E.マクグラス p483
『福音主義自由教会の道―“日本伝道一五〇年”講演集』近藤勝彦 p99














